年賀状:大森一樹監督のこと

 大晦日になって年賀状を書いています。昨年は、ちょっと早めに書いたので、元日には届けられたかと思います。ところが、今年は、よりによって年末に喉が痛みだし、もしや、と検査を受けたらありふれた風邪だとわかり、それなのに、やたらと体力を消耗してしまい、年賀状を書くのが億劫になって、さあ、最後の1日だから、と今になったのです。「風邪を言い訳にしているだけじゃないですか?コラムなんか書くより年賀状書いたが方がよくないですか?」とゼミの学生から指摘されそうですが・・・。

 去年の年賀状を引っ張り出し、宛名書きをと思いつつ、つい読み耽ってしまいます。今年他界された大森一樹監督からいただいた年賀状も出てきました。万年筆で書かれたとてもダイナミックな青い文字で、文字を見るだけでも大森監督からの年賀状だとわかります。大森監督にお会いしたのは、とあるコンサートの打ち上げの席でした。ご挨拶させていただいて、その後も同じコンサートの打ち上げで何度かお目にかかったのですが、その席で、私がSMAPのファンでライブにいつも行っているという話をした時に、誰のファンなのかをきかれて、SMAPの中では木村拓哉さんに関心があるけれど、俳優としては草彅剛さんだという話をしたら、『最近の草彅くんはどう?』とさらに尋ねられたこと思い出します。監督の映画『シュート!』(1994年の作品)には、「6人」のSMAPメンバーが高校のサッカー部員の役で出演していますが、ご自身の監督作の出演者が、その後の作品でどんなふうに観客から見られているのかに、監督は関心を持っていらっしゃるのだと感じながら話したことを思い出します。大阪芸術大学の教員もされていたので、人を育てること、人が育っていくことに関心を持っていらっしゃったのだと思うのですが、監督作の中にも、医学生の成長物語である『ヒポクラテスたち』(1980年)や、百年続く家業の食堂を引き継ぐのか葛藤する青年が主人公の『津軽百年食堂』(2011年)など、青年期の葛藤を描いたものがあります。青年期の葛藤を描いた作品と表現すると、ひとくくりにしてしまっているようで味がありませんが、日々の生活の中で苦悩しながら、自分自身がどのように生きていくのかを見出していく姿を描いた作品で、このような青年の苦悩と成長にも関心を持っていらっしゃったのではないかと改めて感じます。

 こんなことを書いている私も、人を育てる大学という場で仕事をしているわけですが、専門分野の実践では、臨床心理面接という場で、苦悩を抱いて来談される方々と臨床心理士としてお会いしています。何度もお会いして話を伺っていくうちに、人生の物語は、映画以上だと感じられることもありますし、まるで映画のようだと感じられるほどに、さまざまな苦難の中を何とか生き抜いて、今、私の目の前にいらっしゃっているのだと感じられることもあります。面接場面に来談される方々のさまざまな人生の物語を理解するために、映画は私の世界を少しだけ広げておいてくれます。

 大森一樹監督のご冥福を心よりお祈りします。

2022年12月31日

                        恒吉徹三

数十年ぶりの再会、になりそうだった出来事

先日、オンラインの研修会に参加しました。他大学からの参加者もいる、オンラインツールの取り扱い方についての研修会でした。一通り説明が終わったところで質問タイムとなり、数人からの質問への回答がなされていました。質問はチャットのように文字で打ちこむ形式で、質問内容と質問者の名前が表示されていました。質問内容にだけに気を取られていたので、誰が質問しているのか見ていませんでした。ふと見覚えのある名前が目に入りました。それほど珍しい名前とは言えないので、人違いかもしれないと思いつつ、こちらから個別に質問者にはメッセージ送信できないので、私も何か質問して名前を表示して、アピールするしかない、とあわてて質問を考えようとしましたが、そもそも思い浮かばない質問をすぐにひねり出すこともできず、私の意図をまるで見透かしたように説明会は終了しました。

見覚えがあった名前は、私が大学1年生の頃入っていた部活の仲間のものでした。夏休みの暑い最中、冷房もない体育館の中で汗を流しながら特訓を受けたり、新入部員だけの競技会や他大学との合同の競技会にも参加したりした仲間でした。いつも穏やかに話す姿勢に、こんなにしっかりと自分の考えを穏やかに話す人もいるのだ、と憧れの眼差しで見ていました。彼とは学部も違っていて、おまけに私が途中で部活を辞めたので、それからは、毎日のように会うことはなくなりました。それでも、とても印象に強く残っている学生時代の一人でした。

もう一人、この同じ部活で、年賀状のやり取りをしていて、ある時から連絡が途絶えていた仲間を、つい最近、テレビのニュース番組で偶然目にしました。彼は、最初に就職していた大学から別の大学に移っていて、そこで研究していることが注目され、ニュースに取り上げられていました。同じく暑い夏を共にした仲間で、いつも熱い思いを語っていて、そのエネルギーに刺激されていました。私の就職が決まった頃に彼も就職が決まり、飲みに出かけたことなど懐かしく思い出されました。

私の大学生活の最初の1年目に出会った二人ですが、それまで付き合っていた地元の仲間たちとは、タイプのかなり違うところもあり、とても印象に残っています。自分自身が関心を持っていることを学ぶことだけではなく、大学以前の学校生活とはかなり違うタイプの人と出会う可能性が広がることも、大学生活の面白さの一つだと私は考えています。とはいえ、誰かと出会うことは、いつもいいことばかりではありませんし、続いていく仲間関係も、何かのきっかけで別れる関係も、時間が経つうちに消えていく仲間関係もあります。お互いの関係次第のことですし、仲が良くなればなるほどにぶつかりあうこともありますし、自分の思いおどりにはならないのが人間関係だと思います。

すでに来年度に向けての入試が本学でも始まっています。これから入学してくる大学生にとっても、すでに入学している大学生にとっても、意義深い人間関係を作っていくことができることを願っています。

ところで、明日、2022年10月3日から後期の講義が始まります。それなのに、明日の講義の資料をまだアップしていないことに今、気づきました。「人間関係が大切なことは十分わかっていますから、それより講義資料を早くアップしてください。講義の予習ができません!」と学生のぼやきが聞こえてきそうなので、今日はこのあたりで失礼します。

祭りの後、夏休みの終わり

ひと月ほど前、夏も終わりだと思いながら岩井俊二監督(1993年)の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(45分間)の期間限定公開をオンラインでみました。この映画のタイトルには、妙に惹かれます。小学生の夏休み、少年たちが花火大会の日に、打ち上げられた花火を横から見るとどんな形をしているのかと、打ち上げが行われる会場から離れた灯台まで行って確かめるという、ちょっとした冒険物語です。それに、母親が再婚するという大人の都合で引っ越すことになった主人公の及川なずなが、同級生の島田典道を誘って家出するという、大人への意義申し立の物語としての一面もあります。

この映画を見て、小学生の頃、毎年夏休み見に行っていた花火大会のことを思い出しました。夏恒例で、海辺の広場や防波堤などから花火が打ち上げられます。その翌朝早く、同じ海辺を散歩した時のことです。広場のあちらこちらに、野球のボールほどのサイズの丸められた段ボール片が散らばっていて、海にも浮かんでいるのを目にしました。それは、花火の火薬を包んでいた外側の硬い紙でした。初めてみる光景に、驚きましたが、花火大会という祭りのタネあかしでも見せてもらったような新鮮な気分でした。とはいえ、花火のきれいな色合いも大勢の人のにぎわいもなく、散らかし放題になっている広場の後片付けが行われていて、祭りは終わったんだなあ、とちょっとした淋しさも感じました。

また、このような光景は、「メイキング」や「バックステージツアー」として、表立って舞台裏を見せてくれる動画のことを思い出します。見せるためのものでもあるので、これは裏ではなく表じゃないか?という気もします。それでもメイキングを見るのは楽しいもので、例えば、2002年のDrink! SMAPのライブDVDにはバックステージツアーが収録されていて、一時期ハマってみていました。5万人ほどは収容できるドームのアリーナに延びた細長いステージの下に張り巡らされた通路を移動する様子や、ステージに飛び出してくる仕組み、バックダンサーの人たちがステージ裏でSMAPや観客と一緒になって歌っている様子など、華やかなステージの背景を知ることができるビデオです。

物事は、どこからみるかによって異なってみえたり、広がりを感じたりすることは、とても興味深いことだと思います。

花火大会もライブもある意味では祭りと言えそうですが、祭りが終わって、日常へと戻っていく過程も味わい深いものだと感じています。こんなことを書いているうちに、大学生も夏休みが終わって来週からは後期が始まるのでキャンパスに戻ってきます。すると、大学全体が活気を取り戻します。こんなふうに「夏休み」を強調したように書いていると、大学生から、8月、9月と学校体験や教育実習も実施されているので、フルに夏休み気分でいたわけではありませんよ、とか、ずっと大学の図書館で勉強していたのでキャンパスにいました、と指摘を受けそうです。

どんな夏休みを大学生が過ごしてきたのか楽しみにして、私も後期を迎えたいと思います。